経験的事実と論理的推論から何かをやりたい人。

『この世界の片隅に』を読み解くための『現代現象学』

 

 

 『この世界の片隅に』については、自分なりの読み解き方で、まとまった文章をどこかで書きたいと思っていた。映画を最初に観たのは2016年11月16日。前情報が少ない割にやたらネットでの評判が良く、片渕監督のインタビューを読んだらやけに理路整然としていて、恐らく良い映画なのだろうと期待して観にいった。原作は未読だったし、片渕監督のことも全く知らなかったが、公開1週目で観に行けたのは、今にして思えば幸運だった。

 読むペースを変えられる漫画などと違い、観客を時間的に拘束してしまう特性を持つ映画でありながら、その2時間はあっという間に感じられた。上手く観せることに成功している映画だと思った。冒頭で子供のすずさんが風呂敷を背負う描写の丁寧さを観た時点で、相当こだわっていそうな印象を受けた。しかし、こうした映画の特徴だと思うのだが、観た直後は感想を言いにくく、良い映画かどうかというのも判断しづらかった。

 

 映画の好みというのは本当に人によって分かれるもので、今まで映画好きの人には何人か会っているが、好みが合って話をしている光景をほとんど見たことがない。エヴァ好きやスターウォーズ好きとかで話が合うのは分かるのだが、単に「映画好き」といった場合には、もっと細かくヒューマンドラマ好きとかグロいホラー好きとかに分かれたりしてしまう。自分は大学で映画サークルに入っていたことがあり、それ以降も映画好きの人には度々会うのだが、「好きな映画」の話の噛み合わなさにはなかなか辛いところがある。かなり主観的な推測だが、純粋に映画好きの人は一人で映画を観ることに抵抗がないばかりか、むしろ気楽でいいと思っている節があるように思う。

 それに関連して、日常会話で「一番好きな映画は何?」という質問にはかなり困ってしまう。物語だけでなく、照明や音響といった演出がいい映画もあるし、異なるジャンルの映画を比べて好きな映画を言っても、「それって自分の好みじゃないの」とか思われて悲しい思いをしたりする。あまり有名すぎる映画を答えてもつまらないし、白黒映画とかを答えたら逆にマニアックすぎると思われるので、適当に最近観て良かった映画とかを答えたりする。しかし、実際に一番好きな映画というのを考えてみると、どれも一長一短あって難しいというのが本音な気がする。

 

 その点、『この世界の片隅に』が異常だったのは、自分が他の人の感想を見た限り、批判的意見がとても少ないという点だった。そして感想を見ていると、「日常の大切さを理解できた」とか、「戦争は良くないと実感できた」とかいうように、十人十色のメッセージを感じているように見えた。

しかし、よく考えてみると、確かにあの映画は時代考証もアニメーション表現も学術研究並みに凄かったが、明示的なメッセージなどを読み取れる場面はほとんど無かったのではなかろうか。料理や洗濯をする、空襲警報が鳴るといった事実の羅列から、満足度の高い映画という価値判断がなされるのはなぜだろうか。「この映画について言葉で語るのは難しい」という感想もよく見たが、個人的に注目すべきは時代考証でもアニメーション表現でもなく、「なぜ明示的なメッセージ表現が無いにもかかわらず、十人十色の感想が出てくるのか」という点ではないかと思うのだ。そこでこの記事では、「現象学」という考え方を元に、映画における事実の羅列から価値が生まれる現象を考察してみようと思う。

 

 

 現象学については、歴史から話すととても壮大になってしまうのだが、ひとまずはそれ以前の西洋哲学の欠点を克服する形で生まれた、というのが自分の理解だ。伝統的な西洋哲学としては、特にプラトンに始まる形而上学が有名だろう。形而上学では、コップや机といった有形のものや、芸術や政治といった無形のものに対して、「イデア」などの真の姿が存在し、その本質的な概念から物事を理解していく、というやり方を取る。少し違和感のある考え方だが、その後のアリストテレスもその思想をある程度踏襲し、やがてキリスト教神学とも結びついていき、伝統的な思考法として近世まで受け継がれることになった。

 そうして、現実世界から離れた超自然的原理を仮定し、そこから演繹的推論をして物事を理解するという思考法を、ヨーロッパでは2000年以上も続けてきたのである。経験的事実による「検証」という行為は、中世以前の人々はあまり重視していなかったようだ。例えば古代ギリシャアリスタルコスは、様々な天体の観測結果から、太陽と月の直径と距離を計算しているが、その観測結果の精度が少し悪かったために、実際の値とはかなり離れた結果を導いている。数学的推論は合っていたが、数値的結論が全く違ってしまったのだ。

 19世紀末になって、その観念的な思想の潮流に穴をあけたのがニーチェであり、その後に続く西洋哲学批判の流れを汲んで現象学を確立したのがフッサールである。現象学とは一言で言えば、経験的事実を起点にして様々な問題に答えようとする学問だ。例として科学における存在論を考えてみる。ニュートンの運動法則というものがあるが、この法則のみを見ればかなり抽象的で、その法則自体が実体あるものとして存在するかは分からない。しかし、この法則の正確さは、適切な検証を行うことで経験的に確かめることができる。物体の落下速度を計測したり、機械の設計に応用したりして、上手くいくかどうかを見ればいいのである。これがアリストテレスの場合だと、「物体運動は力を与え続けなければ止まってしまう」という考え方をする。日常的な感覚ではこちらの方があっていそうだが、自然現象をよく観察すると、慣性の法則などを仮定して、ニュートン力学で考える方が、物体運動を定量的に説明できるようになる。

 しかし、科学的知見をあまり重視しすぎると、問題も起きる。例えば、「ma=F」という数式を絶対視して、そちらの方が自然の真の姿だと考えてしまうと、上手く解決できない問題が出てくる。実際、物体が光速に近い速度で動いていたり、量子レベルで小さかったりする場合には、「ma=F」という式は成り立たなくなる。それに、世の中には多種多様な物体が存在するが、細かいディテールはモデル化の際に失われることも、十分注意しなくてはならない。そうして科学的な知見を過度に絶対視した時には、かえって現実の姿を覆い隠してしまい、現実離れしたモデルをこねくり回して時間を浪費してしまうかもしれない。

 

 

 さて、今は存在論の例として科学の問題を挙げてみたが、現象学で議論されるのはそれだけではない。価値判断の正しさや、他人の心の問題についても、経験に基づいて分析を行う。とりわけ個人的に役立っているのは、2017年8月に出版された『現代現象学 経験から始める哲学入門』という本だ。なるべく日常的な経験から哲学的問題を考えていて分かりやすく、かなり最近の文献が豊富に引用されているのも良い。

 現象学の重要なワードとしては、「志向性」がある。例えばコップや机を見た時、自分の意識はコップや机といった対象に向かっている。では志向性とは何かしらの物に向かう意識なのかと言えば、そうとも限らない。誰かがドアをノックした時、その様子から母親かと予想したら、父親だったという経験を考える。この場合、志向の対象は母親だったが、実際にドアをノックしたのは父親だったということになる。このように、志向性には過去の経験などから未知の経験を「先取り」したり、あとでその先取り内容を「正当化」したりする上で、重要な役割を果たしている。

 

 これは、『この世界の片隅に』にも応用が利く概念ではないかと思う。すずさんは少し夢見がちな少女で、その割に現実には流されて生きる節があるが、戦争の影が迫っても、しばらくはすずさんに重大な危機が訪れることはない。観客にしても、料理や洗濯という日常の光景を見せられるうち、こうした生活が「普通」であると感じられるようになる。しかし映画の後半、一線を越えてすずさんが被害に直面した時、「当たり前の日常が続く」という先取りの観念が崩れ、精神的な迷いの世界に入っていってしまう。

 志向性の働きによって確かめられていく「普通」という概念は、自分が何かを考える際の基盤にもなるものである。それが崩れるものだと分かった時には、生きることの意味すら問われることもある。こうしたことは1945年の太平洋戦争終結時のほか、2001年の米同時多発テロや、2011年の東日本大震災の際にも見受けられた。とにかく涙が出たり、何も手につかなくなったという人をしばしば耳にする。

 

 

 それでは現象学では、「美しさ」や「正しさ」などの価値についてどう考えるのだろうか。経験に基づいて価値を考えるというのは、あまり馴染みのない考え方かもしれない。まず一例として、『この世界の片隅に』の感想の一言で言いづらい理由として、「あまりにも多様な感情を抱かせるから」だという意見を取り上げたい。

 これはこの映画にそれだけ、様々な感情を抱く場面があったということだろう。誰かのしょうもない失敗を見た時、空から大量の爆弾が降るのを見た時などに、個人差はあれど人間は何かしらの感情を抱くだろう。思わず笑った時には「笑える」や「楽しい」、恐怖を感じた時には「怖い」や「悲しい」と感じる。こうした「感情」は特に思考によって生まれるものではなく、自分の意図とはほとんど無関係に経験されるものだ。

 そしてその感情は、ものの真善美を判断する時にも重視されるのではないだろうか。世間的に価値が高いと言われる芸術を見ても何も感じなかった場合、個人的にはその芸術に価値がないと判断するだろう。逆に周囲は評価していないが、自分は価値を感じるものが存在することはあり得る。重要なのは、価値について語る場合、現実世界とは独立した超自然的原理としての「真善美」を考えるよりも、現実の知覚が感情や価値の土台を成していると考えた方が、日常の経験に即して考えやすいということだ。価値判断をするためには、先に何かを経験する必要がある。それに加え、安易に「美しい」とか「正しい」といった言葉で価値判断を集約してしまうと、背景にある経験が見えにくくなってしまう。

 哲学の世界では、「~である」から「~すべき」は導かれないとして、事実と価値は区別しなければならないという考え方もあり、「ヒュームの法則」という名前まで付けられている。確かに、事実から価値を導く時には、まず例外なく主観が入ってしまう。つまり、論理的推論としては間違っていることになる。しかし、そこで議論が終わってしまうと、価値判断がどのような過程で行われているか考えることができない。そうした問題にもアプローチできるのが、経験的事実を起点とする現象学の考え方なのである。日常の中での楽しみや、戦争の被害などを見て、幸福や不幸を感じたりすることは、ごく普通の経験なのではないだろうか。そして『この世界の片隅に』では、様々な感情を経験させる場面を、緻密に散りばめていたと言えるのではないかと思う。

 

 少し話は逸れるが、他に安易に「集約」されていると思う言葉として、「日常」と「戦争」という単語も取り上げたい。『この世界の片隅に』の感想として、「日常の中に戦争の影がじわじわ入ってくるのが怖かった」というものを見たことがある。しかし、そもそも日常や戦争という単語は何を指しているのだろうか。

 これにしても、日常や戦争という概念が先に存在している訳ではない。料理や洗濯といった行為などをまとめて「日常」、軍艦や爆弾などによる戦闘行為などをまとめて「戦争」と言っているはずである。それがいつの間にか「日常」や「戦争」という記号で物事が語られるようになったのではないか。「日常の中に戦争が入ってくる」という表現は、そうした記号的表現が物事をうまく区別できず、機能していない状況から生まれているのではないだろうか。そうは言いつつも、この記事でも日常や戦争という語句を多用してしまっているが、あくまでもそうした語句は、様々な物事をカテゴライズするための語句だと考えた方がよいだろう。

 

 

 そして、映画を語る際にしばしば取り上げられるのが、人生についての問いである。そして幸運にも『現代現象学』の中でも、「人生の意味」を問う章が設けられている。哲学という学問は、意外にも人生について考察することが少ないのだが、この本では珍しくストレートに扱っている。人生の意味というのも、論理的推論だけでは恐らく何も語りようがない。あるいは、人生に生きる意味などない、目的も存在しないという、ニヒリズム的な結論を導きがちである。実際、ある事実から「論理的に」何らかの価値判断を導くのは、ほとんど不可能だろう。

 だがそうは言っても、距離を置いてはならないと感じるものが、誰にでもあるのではないかと本では問う。親にとっての子供や、芸術家にとっての芸術が例えばそうであり、それは『この世界の片隅に』にも通じるところがあるだろう。径子さんにとっての晴美ちゃんや、すずさんにとっての絵を描く行為がそうである。とはいえ、そうした大切なものが失われる可能性についても考えなくてはならない。人生の「脆さ」を前にして、なおも意味ある人生というものを考えることはできるだろうか。

 

 これは、「哲学を学ぶ意味」にも通じる問いである。人間は普段の日常的な経験から、様々な推定をしながら生活している。しかしそうした推定は、当然間違える可能性がある。それは人間が不完全な存在だからであるが、とは言え「世界に確かなものなど何も無い」と認める必要もない。恐らく論理的推論「のみ」を頼る限りでは、そういう思考に陥ることもあるだろう。それでも、確かめようのないこともある程度受け入れなければ、まともに生活する理由が無くなってしまう。それでも「世界に確かなものなど何も無い」と言うならば、店に行けば食品が売ってるから買いに行こうとか、死にたいから首を吊れば死ねるだろうという、あらゆる推測が無意味になる。ただ、あくまでも経験する限りでの世界が存在するという結論は、ある意味で信仰に近いものがあり、態度が哲学を学ぶ前に戻ってしまうことにもなる。

 しかし、人間の不完全さを自覚した者は、まず物事についての真理を手にしうると考える独断論に陥ることがなくなる。そして、それでもなおも生活し続けるために、世界の存在や意味を認めたなら、物事について何も語りえないと考える懐疑論も退けることができる。自らの不完全さを自覚しながらも、この世界に生きることを受け入れるならば、それはまさしく『この世界の片隅に』のラストにも通じる姿勢なのではないだろうか。すずさんを含む登場人物たちは、恐らく独断論懐疑論からはかなりかけ離れた立ち位置にいたはずである。

 

 

 話をまとめよう。現象学においては、人々が見出す様々な価値の背景には、現実の経験が重要な基礎としてあると考える。逆に、現実から離れた観念的な「真善美」の存在については、究極的には考えない。また、『この世界の片隅に』では「一言で言えない」といった感想をよく見たが、これは感想を無暗に記号化した表現に集約しようとするから難しくなるのではないか。事実から価値を見出す経験に注目し、映画でどのような感情をどの場面で経験したかを丁寧に追う方が、感じたことを上手く説明しやすくなるのではないかと思う。そして、映画を通じて人生の意味を問う時、人間の不完全さを認めながらも生きることを受け入れる姿勢が、映画を読み解く上での重要なヒントになるのではないかということだ。

 映画における事実の羅列から価値が生まれる現象を考察するというので、できればモンタージュ理論やコンティニュイティ(連続性)についても書きたかったが、このくらいにしておきたい。断片的な話は以下を参照のこと。

 

 前々から、『この世界の片隅に』を語る際に、「雰囲気がいい」とか「打ちのめされる」とか「胸が張り裂けそう」とか「言葉で言い表せない」などの記号化された言葉で集約することには違和感を感じていた。似たようなことを考えていた方にも、この記事が何かの役に立てば幸いである。

 

  

<参考>
片渕須直監督, こうの史代原作, 『この世界の片隅に』, MAPPA (2016)
植村玄輝他編, 『現代現象学 経験から始める哲学入門』, 新曜社 (2017)
木田元, 『反哲学入門』, 新潮社 (2015)
S. Weinberg, 『科学の発見』, 赤根洋子訳, 岩波書店 (2010)
A. Sokal, J. Bricmont, 『「知」の欺瞞』, 田崎晴明他訳, 岩波書店 (2012)
田口茂, 『現象学という思考 〈自明なもの〉の知へ』, 筑摩書房 (2014)
友枝敏雄他編, 『社会学の力』, 有斐閣 (2017)
この世界の片隅に」製作委員会, 『この世界の片隅に 劇場アニメ絵コンテ集』, 双葉社 (2016)
富野由悠季, 『映像の原則 改訂版』, キネマ旬報社 (2011)

私は如何にして心配するのを止めて科学を愛するようになったか

 今まで書いたブログの文章について、いまいち内容に納得できずに修正したりもするのだが、経験上こういうのは何年か経ってから書き直すのが一番いいと思っているので、適当なところで放置することにした。今回はまた身の上話になるのだが、最終的に書きたいのは小説ということで、一般論よりも動機の方が書きやすいし、考えがまとまる気がしていい。

 

 

 科学とは何なのかという定義の話は置いといて、何かを見たり触ったりするのは小さい頃から好きだったなと思う。物作りが好きだと言えば聞こえはいいのだが、実際の所はむしろ逆で、小さい頃は物を壊す方が好きだった気がする。何かを投げたり、高い所から落としたり、引きずったりなんかして、乱暴な遊びをよく友達としていた記憶がある。もちろん人から怒られるので、次は何かを壊さないように、慎重に遊ぶようになる。

 自分の場合はそうやって、ああするとこういうことができる、あれはあそこまでなら耐えられるとか、身の回りの物についての知識を増やしていったのが、科学に興味をもつきっかけだった気がする。ピタゴラスイッチを眺めるように、色々な物を観察するのが好きだった。これを誇っていいのか分からないが、でもそうして物の能力や限界について身をもって知るのも、やっぱ大事だよなあと思う。そうは言っても、複数人で人の家にある木の実をちぎって投げたり、マンションポストのダイヤル錠を意味もなく開けたりして、図らずしてたちが悪かったのは認めるしかないが(しかも悪ガキという自覚はなかった)。

 

 小学1年の冬頃から、俗に「科学と学習」と言われる学研の雑誌群のうち、科学の方を購読した。実際の誌名は「1年の科学」や「1年の学習」という名前で売られていた。もっと遡れば「こどもちゃれんじ」のしまじろうの記憶もあるのだが、よく覚えていない。とにかく、よく覚えているのは「○年の科学」だ。

 これが学習向けの雑誌といいながら、コロコロコミックのような読者投稿付きのギャグ漫画とかもあって、それと別にあさりよしとおの連載漫画が載っていたりした。なので読み方としては、まず雑誌の科学特集をざっと読んだ後に、漫画を繰り返し読み、気が向いた時にふろくで遊ぶという感じだった。そんなので勉強になるのかと思われそうだが、動植物を育てたりスライムを作ったり、小さなミニ望遠鏡がふろくでついた時もあって、興味を持たせるのには良かったと思う。

 しかし、科学と学習は売り上げが伸び悩んでいたようで、最近は休刊までしてしまった。正直、あれですぐに学校の成績が上がるようなことはないけれど、実際に体験できる点ではいいものだったと思う。ただ、予算の問題なのか、内容が年々薄くなった感も否めなかったので、ちゃんと「面白い」雑誌を読めたのは、自分が最後の世代だったのかもしれない。

 

 気付けば何となく「技術者になろう」という気持ちになっており、数学や理科の勉強も「やらないといけないものだ」と考えて、なんとか勉強できた。数学ははっきり苦手だと思っているのだが、それでも高校の文理選択では、迷わず理系を選ぶことができた。そちらの方が楽しそうと思えたのは、科学雑誌のおかげだったと思う。今はNewtonも民事再生手続き状態にあるし、「科学と学習」とは別誌の「子供の科学」もどうなっているのか分からないが、ふろく付きのゆるい科学雑誌がないのは残念だと感じる。

 それと同時に、物語のある漫画はつくづく偉大だったと思う。小学校の図書室には「日本の歴史」や「世界の歴史」といった学習漫画が置かれていたが、学校で漫画が読めるのが楽しくて、それぞれ2周以上は読んだのを覚えている。自宅でも学習漫画なら割と簡単に買ってもらえたのだが、特にドラえもんの出てくる本をよく買った。

 

 

 時は経って大学受験の時期になり、どこに行くか考えなければいけなくなった。自分は物理も化学も好きだったのだが、大抵の学科はどちらかの分野に偏っているので、成績の良かった化学系の学科へ行こうとしていた。しかしセンター試験で失敗してしまい、浪人する気がなかった自分は、レベル的には1ランク下の環境工学系の学科に目を付けた。環境工学系であれば物理も化学も万遍なく勉強するので、片方を捨てる心配は無くなった。

 志望校のレベルを下げたので、大学受験はそこまで難しいことはなく、卒なく受かることができた。実家を離れて一人暮らしをする必要があったが、むしろ自由を謳歌できそうで楽しみだった。これからの時代はやはり環境だよな、と取り組むべきことも考えながら、大学生活のことを空想していた。

 そんな折の3月11日に起きたのが、東日本大震災だった。実家も大学も被災地からは離れていたが、日本全体がどうなるのかという危機的状況になった。けれども、大学生活の準備をしていた自分は、むしろあの状況にあって、これから日本は大きく変わるのではないかという期待を抱いたりしていた。原発についても、あんな事故を起こすようなことがあるとは思ってもいなかったので、これから確実に無くなる方向に行くだろうと思った。タイミングよく環境工学系の学科に受かったので、入学後に燃料電池や有機触媒の研究、水力・風力発電や数理最適化の研究などを見て、エネルギーや材料などの様々な話題に将来性を感じていた。しかし、こうした期待がいかに甘かったか、後で嫌というほど思い知らされることになる。

 

 環境問題と言えば、代表格は地球温暖化だろう。一昔前は飽きるくらいに聞かれたが、最近はそうでもないように思う。大学入学直前までは、当然地球は温暖化していて、その原因は確実に人間にあると信じていた。けれども、地球温暖化には懐疑論というものもあり、それらの根拠にそれなりの説得力を感じたこともあった。

 懐疑論のうち有力だと思ったのは、大気中にある物質の吸収スペクトルに関するもので、まず大気中に多く存在するのはCO2よりもむしろH2Oであり、こちらの方が温暖化の寄与が大きいとされている。具体的には「地球温暖化係数」というのがあり、一覧表を見るとCO2よりも大きな係数を持つ物質がずらりと並んでいる。そして、CO2といえど吸収できる光の波長は限られており、H2OとCO2の吸収スペクトルを足し合わせても、吸収されない光の波長帯が一部残ることになる。この波長帯は「大気の窓」と言われていて、この領域の光はあまり大気に吸収されないと考えることができる。そして、CO2で吸収できる光の波長域は限られているのだから、CO2だけが増加しても熱の吸収量はいずれ飽和してしまうと考えられ、つまりCO2の増加にはそこまで気を配る必要はないという理論である。

 懐疑説にも色々あり、ミランコビッチサイクルなどの長期変動を理由にむしろ地球は寒冷化するという話もあれば、何らかの利益団体によってデータが改ざんされているという陰謀論もあったりする。しかし、少なくとも短期的には地球が温暖化傾向にあるのは間違いないと思っている。問題は人間が排出したCO2が温暖化にどこまで寄与しているかだが、先に挙げたような懐疑論についても、IPCCの調査では当然織り込み済みだという反論があり、「定量的」に考えればCO2が温暖化の主要因と考えるのが一番合理的なようである。

  しかし、当時の自分がそこまで問題を理解できるはずもなく、大学入学からしばらく立つと、むしろ「エコ」や「環境」という言葉が一人歩きしているように感じられた。自分はちょっとした環境団体に所属したこともあったのだが、環境問題を正確に理解しようとする前に、正義感かなにかで先に活動することを重視する風潮があった。所属している人たちは、正直そこまで環境問題自体に興味がある訳ではなさそうで、引継ぎなどもいい加減なサークル活動という感じだった。そして、これがまたリアルだと思う所なのだが、他の人に「環境団体に所属しています」というと高確率で気味悪がられた。なんでわざわざ、そんな慈善活動なんかやってるの、という訳だ。

 原発事故から数年経った今では特に、原発化石燃料の依存度を下げようという話ならまだしも、原発化石燃料への反対なんかを叫んだ日には、現実を見ていない理想主義者か、ひどい時には反日的な政治的主張をしているとまで思われかねない。実際のところ、今や勉強道具や医療器具を作るのにも電気が必須になっており、電気の使用量を下げる訳にもいかない。けれども、有限な上に輸入に頼っているエネルギー源を問題にする機会すら失われているようで、今もどこか釈然としない部分は残っている。

 

 

 そんな訳で入学早々、環境問題の複雑さを目の当たりにし、距離の取り方に困っていたのだが、大学1年の時点で他に記憶にあるのは、原発事故とインターネットの話題だ。大学は理工系だけの単科大学でなく、いくつかの学部が合わさった総合大学だったのだが、他の学部の人と話していてたまに聞いたのは、科学そのものに対する反感だった。2011年当時、原発は技術的にも問題があるので廃炉にするしかない、といった話はよく聞いたのだが、それでも原発は無くせないという主張も徐々に出始めて、現在にも続く原発の存続問題が起きた。

 実の所、自分は原発問題に対しては、未だに主張がぶれている。技術的には一応原発は使える技術だと思うのだが、過去に起きた事故には例外なく人的要因が含まれていて、制御できるかどうかはかなり疑問を感じている。しかし、長い目で見た時にはきちんと制御できるようになった方がいいという気持ちもあり、政治・経済・外交面を脇に置いても、原発の研究は継続してほしいと思っている。もちろん、ベース電源としての原発はエネルギー源として貴重なので、そう簡単になくす訳にもいかないのだが、「安全」と謳われる原発は明らかに大都市から離れた所に作られており、受益圏と受苦圏にずれがあることも無視はできない。それがいつの間にか、原発賛成は右派、反対は左派という訳の分からないレッテルを貼られ、ただの政治問題としてしばしば語られてしまっている。

 原発問題とは単なる自然科学の枠を超えた問題であり、それは環境問題全般に言えるのだが、専門家集団全体も含めた「科学の枠組み」自体への不満をぶつけられることがあり、自分なりにどう考えるべきかはかなり困った。実際、科学の営みがそこまで抜け目ないかと言えば、分からないことの方がずっと多い訳で、だから原発など無理なのだと言われたら、少し納得してしまう所があった。しかし、科学そのものを言わば一種の文化のようなものとして否定されるのは納得できず、何かうまい反論を考えなければとずっと思っていた。

 

 一方で2011年と言えば、インターネットが世界を動かした時代でもあった。アラブの春ではFacebookで人々が情報交換していたし、震災の時には救助要請やデマがTwitterを飛び交い、カダフィ大佐が死んだ時には動画がYoutubeに上げられたりした。その1年前にも尖閣諸島の漁船衝突映像がYoutubeに上がったりしていたが、とにかくインターネットの影響力の変化をリアルタイムに感じられた時期で、学生の間でもカダフィの映像が話題になったりしていた。

 自分も大学に入学してすぐ、TwitterFacebookmixiなどを始めてみて、目新しくてつい遊んでしまっていた。ただし、Lineは当時まだ無かったので、サークルの連絡などはメーリングリストというサービスを使っていた。スマホも丁度広まり始めた頃で、当時スマホを持っていた学生は半々くらいだったと思う。自分が携帯をスマホに変えたのも、2013年頃になってからだった。Twitterをやるのも大学生が中心で、今みたいに中高生のTwitterが目立つようなことはほぼなかったと思う。ハッシュタグは英語しか指定できず、文中で改行もできないし、動画も投稿できなかったが、新たな情報発信のツールとしてSNSが注目されはじめた時期だった。

 しかし当然、うまく利用して便利なこともあれば、今でいう「炎上」が起きたり、「フェイクニュース」などのデマが飛び交うことにもなり、情報リテラシーの重要性が叫ばれ始めた。結局のところ、これも技術の問題というよりは、使う側の人間の問題なのだが、またしても「人間は科学技術をきちんと制御できるのか」と考えさせられたし、そして「不完全な人間が組み立てた科学はどこまで信用できるのか」という問題に繋がる部分があるようにも感じた。

 

 

 「科学の信憑性」を問題にした時に、どのレベルから取り組むべきかというのは悩ましい問題だが、科学者側の反論としてよく聞くのは、まず「日常的な経験に即しているか」と「論理的に筋が通っているか」ではないかと思う。いくら科学が疑わしいと言われても、物体を落とせば加速して落下するとか、コイルに電気を流すと磁石になるといった、経験的事実を疑うことは難しいはずだ。懐疑論を突き詰めれば、物体の加速度的落下という現象も言わば幻覚のようなもので、実は映画「マトリックス」のような世界が本当なのだ、という主張もできない訳ではない。しかし、たとえ幻覚としても物体の加速度的落下などの「経験自体」は疑いようがない訳で、なぜそれがいつも同じように見えるのかを考えなければならない。

 そして、そうした経験的事実をある程度正しいと認めたなら、そこから論理的に仮説を導いて、検証することができる。コイルに電気を流すと磁石になるという現象からは、電気力と磁気力には何か関連があるのではという推測を立てられる。マクスウェルは、自らがまとめた電磁気学の方程式から、電磁波の存在を予言し、しかもその伝達速度から、電磁波とは光のことであると考えた。そして現在では、数々の自然現象との整合性の観点から、マクスウェル方程式として記述された電気と磁気の相補的関係を認めたり、光を電磁波とみなして波の性質を見出すことは、合理的だと考えられている。科学的な知見は、そうやって経験的事実と論理的推論が組み合わさることで、確からしさを担保しているのである。

 

 他者とコミュニケーションをする上で、相手とどこまで合意に至れるかというのは、とても重要な事項だと思う。確かに今、科学への無理解やフェイクニュースといった問題が存在しており、価値観の多様化も相まって、何らかの問題に対して合意を得ることは難しい。その中で自分が科学という営みを信頼するのは、そうした問題を解決したいとかいう大それた話ではなく、自分で納得できる意見を持ちたいという気持ちが大きいのだと思う。小さい頃の素朴に工作を楽しんでいた頃とは異なり、時として科学技術が不幸をもたらすとしても、経験と論理に基づいた知見は自分の思考を助けてくれるし、それはよりよいコミュニケーションにも繋がるはずだと思っているのである。

 今回は大学入学直後くらいまでしか書けなかったが、学部2・3年生から研究室時代にかけても、色々考えたことがあった。背景にはまず、環境工学という分野がどこまで他分野と差別化できるかという問題があり、加えて研究としてどれだけの結果が出せるのかという問題もあり、そして大学でやったことがどこまで日常生活に活きてくるかという問題もあったのだが、それはそれでまた一本の記事が書けそうなので止めておく。哲学的な部分で言うと、現象学の切り口から倫理的な話題についてもいずれ書きたいし、その際には仏教の諸法無我とかも絡めて書くと面白そうだが、ひとまず今日はここまで。

 

14年前に亡くなった女の子と、文章を書く意味について

 あまりにも個人的すぎることを書くのはなるべく止めるつもりでいたが、やはり読み物を書く動機というのは明確にした方が良い気がして、自分の創作の起点については書いておきたいと思う。起点と言っても一つだけではないはずだが、何か色々と思い出した折に書ければと思っている。

 

 

 起点の一つとして、これは小学5年生のことになるのだが、近所に住む同級生の女の子が亡くなった。仮にAさんとしておくが、これが身近な人を亡くした初めての経験だった。自分が覚えている限りでは、Aさんに友達らしい友達はいなかった。登下校時にはAさんと同じ班で帰ることになっていたが、当時の班にいた同学年5人のうち、4人は自分を含めた男子、残りの1人が女子のAさんという形で、しかもAさんはかなり内向的だったから、1人で帰る姿をよく見た記憶がある。小学生男子4人なんかはそれほど他人に気配りできる訳もなく、Aさんの容姿に対して悪口を言ったりもしたし、自然とAさんを仲間外れにする構図ができてしまっていた。

 小学5年生の12月頃だったと思うが、いつも通りに帰ろうとする際、Aさんがまだいないのに先に帰ることになった。帰り道、同じ班のB君と話して、そこでAさんが入院したらしいと知った。AさんとB君の家は隣同士で、理由を聞いてみると、どうも一酸化炭素中毒らしいと分かった。丁度ストーブを使い始める時期だったが、家で部屋を閉めきってでもいたのだろう。

 とはいえ、今で言えば正常バイアスとでも言うのだろうが、当時の自分はまだ「入院」の意味を軽く考えていた。まだ死んだ訳ではない、一命を取り留めたのなら良かった、とむしろ安心していたように思う。

 

 次の日になり、帰りの会が始まってから、先生が教室に来て話を始めた。「Aさんのことですが……」と言うのを聞き、自分はどういう訳か能天気に「あ、知ってます!」などと言ったりした。当時の自分はかなりのお調子者だったのだが、先生は特に気に留めず、「Aさんは病院で亡くなりました」と言った。そこで初めて、自分も事の重大さに気が付いた。先生は「ストーブの不完全燃焼による一酸化炭素中毒で」と続けた。

 帰りは下駄箱付近で全員集まった。当時、同学年の教室は2クラスで、それぞれのクラスの先生が前で少し話し、それから帰った。班ごとに校門を出れば、そこからは四方八方に別々の道を帰る。自分の班もやがて他の班と距離が開いていく。それから、今日の大事件に一番近い班は自分の班なのだと意識し始めると、今まで感じたことのないような不安に襲われた。

 それからまたB君と話した。B君が言うには、最初にB君の家に救急車が間違って入り、Aさんのお母さんがパニックになりながら、救急車の人を「早く早く」と急かしているのを見たと言っていた。

  家に帰り、一応親にも言わなければと思った。しかし、入院したことすら言っていない。いきなり「死んだ」ことを伝えた。母も驚いて、同じ通学班の子の親に確認の電話をしたりした。自分もずっと落ち着かなかったが、母がかなりショックを受けているのを見て、「やはりAさんが死んだのは大事件なのか」と、また急にAさんの死が現実味を帯びた。

 それからの出来事はあまり覚えていないが、葬儀が近親者だけで行われたことや、Aさんが死んだ後もしばらく机が残され、席替えの時には一番後ろに置かれていたことなどは、かろうじて覚えている。

 ちょっかいをかける時くらいしか話さなかったようなAさんが、突然亡くなった。死んだ直後はあまり実感がないが、半年も過ぎると、小学生といえどいずれ罪悪感というのが出てくる。

 ひとたびAさんを思い起こすと、一人で頭を下げながら帰っている様子が目に浮かんだ。家から学校までは30分ほどあったから、それなりに長い。苦痛だったかもしれない。5年冬の学芸会の写真にはAさんが写っていても、6年の修学旅行の写真にはいない。普段は忘れていても、ふとした時にたまに思い出してしまう。この出来事は、罪の意識がなくかつ自分自身を制御できていないうちに、誰かを不幸にしてしまうことはあるのか、そんな問いを考えるきっかけになっていると思う。

 

 やがて卒業式を迎えるのだが、そこでまた一つ余談がある。卒業式のリハーサルで在校生の女子Cさんが、1人でとある卒業生との思い出を話す場面があった。それはCさんが低学年の頃の話で、Cさんが一人で帰っている時に、ある上級生が「一緒に行こう」と言ってくれたという話だった。自分は他学年との交流があまり無かったので、そんな人もいるのか、と聞き流していた。

 しかし、その頃の階段の踊り場には「在校生から卒業生へのメッセージ」なるものが貼られていて、ある時に自分宛てのものがないかと探してみたら、唯一あったのがそのCさんからの手紙だった。読んでみると、内容はあの「一緒に帰ろうと誘った上級生」の話だった。

 これは卒業式の数日前だった気がするが、つい思い出してしまったのはAさんのことだった。正直、Aさんのことを生前どう思っていたかと考えても、特に何とも思っていなかったのが現実なのだが、まあもう少し気配りができていれば、というのは考えてしまった。でもAさんが生きていたとしても、Aさんに「一緒に帰ろう」と言うことはなかった気もする。そう言えば、AさんとCさんも一応近所だから、学年の違う2人で帰る所はたまに見た記憶があるが、2人は互いのことをどう思っていたのだろうか。

 

 

 時間がずっと進んで、去年のことになるが、当時の同級生D君と会った時に、たまたまAさんのことを話す機会があった。するとD君は、Aさんの得意科目は理科で、テスト結果を見せて貰ったことがあると話してくれた。自分は10年越しに知ったのだが、Aさんは理科が得意なリケジョだったのかもしれない。

 今回、Aさんのことをブログに書くにあたって、小学生の頃の写真を探してみたりした。どれがAさんかは割と分かったが、改めて写真を見ると、どうもAさんの表情が乏しい。4年生くらいまでは、春の全体写真を見ても、冬の学芸会の写真を見ても、口を一文字に結んでいて、目も笑っていない。けれども、5年生の写真になると、少し口元が緩んでいる。

 ここで、Aさんの心に変化があったと考えるのは早計な気はする。よく見ると、自分だってそこまで笑っていない。そもそも自分も割と内向的な性格ではあるが、まず集合写真を撮る時に笑顔でいるのは少し訓練が必要だと思うし、低学年の頃の写真を見ると、むしろ笑っている子の方が少なかったりする。

 Aさんにしても自分にしても、ある頃から笑顔が増えているのは、恐らく同じ理由からだ。それは現実に楽しかったからかもしれないが、それ以上に愛想を振りまくことを知らない状態から、楽しさを表現する社交性を身に着ける途上にあったのだと思う。それは言わば、他者を意識して大人になる途上だったのであり、そういう意味ではAさんの大人の一面を垣間見ているのかもしれない。

 あまり強調するつもりもないが、特に自分がAさんを好きだったようなことは無いし、生きていたとしても疎遠なままだったと思う。ただ、改めて今思い返してみると、自分とAさんには何か通じるものを感じてしまう。親近感を覚えるのである。単に自分も理系の道に進んだとかいう以外にも、例えば当時、通学班の5人のうち、自分以外の4人が女の子だったら……? ひょっとすると、そんなことで立場は逆になったかもしれない。一人で帰るあの姿は、自分だったのかもしれない。しかしこんな想像も、Aさんが死んだから初めて考えたことであって、皮肉と同時に不謹慎さもどこかで感じてしまう。

 

 小学生の頃の自分というと、そんなに大人しいタイプではなかったと思うのだが、ようやくこの前後くらいから性格が落ち着いてきたような気がする。それは単純に成長したという以外に、Aさんに起きた不幸という外的要因も、全くなかった訳ではないと思う。

 こうして文章にしてみると、こうしたことを人に話す機会もほとんど無かったことに気づく。面と向かって言いにくいことでも、文章なら言いやすいといった話はたまに聞くが、実のところその意味はかなり重要だと感じている。小説や音楽の存在意義を問う時、より良く生きるために必要なのだという答え方をよく見る気がするが、もっと実用的な意味で、自己表現の手段としてちゃんと使えるのではと思っている。今回の内容については、特に人に言う機会があれば話してもいいのだが、わざわざ話す機会がない。「自分はこうしたことを考えているのだけど、他の人はどう思うか」といった疑問は、文章でもなければ表現する機会が少ない。

 例えば太宰なんかに傾倒して、その表現論を語るような類のものは星の数ほどある。けれども、創作行為を自己表現や他者理解といった意思伝達の手段と見なしたり、メンタルヘルス的な影響を考えることなどについては、あまり注目されていない気がする。

 

 あとよく考えると、自分とAさんは2回ほど一緒に遊んだことがあった。小学校に入ってすぐくらいの頃で、自分の家でテレビゲームでもしていたのだと思う。ただ、Aさんが確かゲームにあまり興味を持たず、他にやることが少なかったので、一緒に遊ぶことはすぐにやめてしまった。けれども、その年の正月にはAさんからの年賀状が来て、挨拶文と共にハム太郎のシールなんかも貼られていたのだが、それは今も残してある。その年賀状は見て悲しくなるものと言うよりは、不思議と自分が何かを考える上での参考と言うか、何かしらの支えになっているような気もする。

 恐らくだが、Aさんは文章とかを書くのが好きなタイプだったと思う。しかし、これは完全に想像だが、恐らくAさんは日記などを書いたりはしていなかったと思う。そう思う理由としては、まだ小学5年生の時点では、自分の内面に目を向けて記録しようとする人が少ないと思うからだ。

 今はブログタイトルにもあるように、とある読み物を書くために、色々な日記や自伝の類も読んでいるのだが、『アンネの日記』が書かれたのはアンネ・フランクが13歳になってからだし、『二十歳の原点』が書かれたのも高野悦子が14歳になってからで、巷に数多くある自伝などへ広げて考えてみても、小学生辺りの記憶というのはどうもはっきりしていないことが多いように思う。

 もちろんこれは想像なので、ひょっとしたらAさんは日記の類を書いていたかもしれないが、どちらにせよ自分の気持ちをそれなりに伝えられるようになる前に亡くなってしまったのは間違いないと思うし、やはりそれは残念に感じる。

 書いていて少し妄想が過ぎるので、今日はここまでにしたい。

自分勝手を越えて他者と関わる心理

 前回の記事では、今の自分が何か思考のヒントになりそうな小説を考えていて、同時に学問的な知識をある程度固めようとしていることを書いた。何だか堅苦しい内容になってしまったが、まずは出発点として「人間の理性は、内からの無意識や外からの環境の影響を絶えず受けていて、あまり安定したものではない」ということを述べようとした。

 「不安定な個人」というテーマは、評論文などでもしばしば扱われるものだと思う。そして、評論として取り上げられる時には、現代思想系の流れを汲んで、近代西洋の成り立ちなどを考察し、その問題点を批判する類のものがよくある。この場合には引用として、ニーチェヴェーバーフロイトフーコーなど(他にも沢山)を挙げたりする。

 個人的に、現代思想と言えば近代西洋批判、くらいのイメージがある。もっと噛み砕いて言えば、合理主義を批判するのが現代思想のイメージだ。合理主義だけを挙げると単純すぎるように思えるが、合理主義によって宗教的・伝統的なものが批判され、科学や経済の発展が促され、個人主義や民主主義などのイデオロギーが生まれ、自由・平等・博愛といった価値観が重視され、世界大戦や資本主義・帝国主義共産主義などがもたらされたと考えるなら、そう的外れではないはずだ。実際、今挙げた単語のほとんどは、評論文において恰好の批判対象になる。

 

 自分が書こうとしている小説では、なるべく今の社会を反映した世界観にしたいので、この辺りの知識もできるだけ蓄えておきたい。けれども、ひたすら近代西洋について考察する主人公というのは、流石につまらないと感じる。そもそも近代西洋に対する考察が、現代の日本とかにそのまま当てはまるとは思えないし、「不安定な個人」をもっと一般的な形で捉え、なおかつ単純化して考えたい。

 素朴に考えるなら、まず自分と他者との対人関係を問題にすればいいと思う。みんな全ての人と上手くやれればいいが、中には関わりたくない人も出るだろうし、逆にもっと関係を持ちたい人も出るだろう。しかし、対人関係はそう都合よくいかない。そして時には、闘争を引き起こして大きな不利益を被ることもある。そこで、何かしらの集団を作り、自分達の生存を守るという発想が生まれる。他の選択肢としては、他者との関係を思い切って断つことも考えられるが、大抵の人は一人だけで生きることは難しい。これは近代西洋社会に限らず、いつの時代、どこの場所でも言えることだ。

 自分の場合、日本という国に生まれ、日本語を話して暮らしているが、これらは自分で作ったものではない。学校や会社というシステムも生まれる前からあったもので、そこに不便さを感じても、すぐに自分でどうこうできるものではない。また、辺りを見回してみると、どれもこれも人工品ばかりである。今触っているパソコンもそうだし、衣服もそうだ。むしろ、人工品でないものを探す方が難しい。そして別の見方をすれば、身の回りは商品で溢れている。パソコンも衣服も商品として買ったものだ。こうした物を作りだすシステムはとても便利で、店の棚には大量の食べ物や衣服が並ぶようになり、少し外へ出れば手に入る。一方、それらは一人だと作り方さえ分からないものがほとんどで、たとえ不便さを感じても自分では対処しづらい。でもそれが嫌だと言って、本当の意味で独りで生きようとする人は稀だろう。

 多くの人間が集団生活を送るには、多くのルールやツールが必要になるが、却って不便さを生む源にもなっているのは皮肉としか言いようがない。例えば、合理性が生んだはずの官僚制度も、その非合理性が格好の批判対象になっている。自分勝手に気ままに生きたい。でも他者との関わりも持ちたい。そんなジレンマは、恐らく誰しもが抱きうるものだ。

 

 

 話は変わるが、ゲーム理論(合理的選択理論)には面白い話が多い。ゲーム理論では「個人」の人間が「合理性」に従って動くという前提があるが、まず有名なものとしては囚人のジレンマゲームがある。軍縮のジレンマなども同じ範疇に入るが、今回は相手との約束を守るかどうか、という問題で考える。プレーヤーはとりあえずA、Bの2人で、互いに連絡が取れない状況下で、相手との約束を守るかどうかを選ぶとする。ここで、もし2人が守れば2人とも利益を得る。2人が守らなければ2人とも不利益を被る。片方が守り、もう片方が守らない時は、守った方が最大の不利益を被り、守らない方は最大の利益を得る。このようなゲームがあった時、プレーヤーはどのような選択をするかを考える。

 この問題は図表を使うと分かりやすいが、手間なので今回は省略する。まずBが約束を守る時、Aは守らない方が利益が大きくなる。またBが約束を守らない時も、Aは守らない方が利益が大きい。そして、2人とも同じことを考えるので、このゲームでは互いに約束を守らないことになる。その結果、本当は互いに約束を守った方が利益が大きいのに、約束を守らない小さな利益の方で、社会が均衡することになる。

 約束を守らない方が得になるケースは、日常生活ではあまりないと感じるかもしれない。現実社会でいつも他者を裏切っていたら、誰からも相手にされなくなり、まともに生きられないだろう。しかし、先程のゲームは選択を一度しかしないというルールだ。1回限りの付き合いしかない相手と何か約束をする場合、相手が約束を破らないように念を押すのはよくあることだと思う。例えば、契約書を書くとかするはずだ。そこで、囚人のジレンマゲームを繰り返したらどうなるのかという疑問が出る。これには実はコンピュータシミュレーションを用いる手法があり、相手が協調した時は次に協調、相手が裏切った時は次に裏切る、という「しっぺ返し戦略」が大きな利益を上げるそうだ。これは現実の人間の考え方に近いと思う。

 しかし、いくら現実の考え方に近いと言っても、誰かと約束をする度に、相手が毎回必ず約束を守るという保証はない。約束というのは、相手も守ってくれるだろうと信頼して、初めて出来るものだ。しかしこの信頼というものは厄介で、裏付けをとることがほとんど不可能に近い。実は契約書を書いても、その契約書が守られるという保証はない。警察や裁判所があると言うかもしれないが、それを管理しているのも「社会契約」に基づく国家だとされている。結局のところ、もし本当にみんなが私利私欲で動いたら、誰も信頼し合わず、社会は崩壊してしまうのだ。しっぺ返し戦略において実際に「協調」を選ぶためには、ある程度他者を信頼する必要がある。しかし合理的に考えるなら、他者を信頼する理由は無いのだから、誰かと約束を結ぶことはできない。社会を作ることは不可能ではないのか。

 

 

 しかし現実を見ると、社会は存在している。この矛盾をどう説明するのか。この説明にはまずゲーム理論から離れて、宗教社会学を用いる方法がある。大元はデュルケムの儀礼論で、何らかの儀礼によって何かしらの象徴が人々の間で共有され、それによって社会が作られるという主張である。もう少し具体的には、みんなで礼拝や祭礼などを行い、何か聖なるものを共有することで、社会集団の結びつきを作るのである。元々これは宗教に関する理論だが、状況は現代社会でもさほど変わらない。国民、国家、紙幣、自由、平等、民主主義といった、現代社会を支える多くの価値観は、とても重要視されているが、どれも実体が無いものばかりである。ビジネスにおいても、何かしらの理念やマナーが大事にされるが、それらはしばしば「非合理的」だとしてやり玉に上がったりする。

 けれども、結局はそういう非合理的概念が無ければ、社会の結びつきを強めることは難しいのである。挨拶をしない、話も合わせない、広い意味での「儀礼」を一切しない人がいたら、取っつきづらいと感じる人が多いはずだ。人に悪い第一印象を与えるのは簡単で、不潔な体とダサい服装があれば十分だろう。さらに挙動不審だったりすれば完璧で、その人は直ちに社交性がない人と見られるだろう。

 また、「儀礼」は社会を作る一方で、それに従わない人は悪として排除することもある。宗教的ドグマが近代化したものが政治的イデオロギーと考えるなら、政治闘争に宗教性を見出すことは簡単なはずだ。また、手続きを重んじて人を裁くという行為も、一種の「儀礼」かもしれない。こうした儀礼論は、恋愛や結婚の話に当てはめてみても面白い。互いの人格を「聖なるもの」として尊重する風潮も、かなり様々な社会に当てはめられる。

 相互行為儀礼としてのコミュニケーションでは、舞台に例えられる社会の中で、人々がどう表現(演技)を行うかが注目される。社会では相手を尊重するために、相手の人格が傷つきそうな時にはフォローをしたり、あえて無関心を装って敵対心を感じさせないよう配慮することがある。これらの行動は、合理的選択理論だけではうまく説明できないものだと思う。社会に溶け込むために他者へ気配りすることは重要だと思うが、純粋に利己的に考えるならば、社会と関わるべきはっきりした理由が特にある訳ではないので、気配りをするべき理由もないはずだ。

 

 

 しかし、単に儀礼論を出しただけでは、まだ説明として不十分だと思う。なぜなら、「人々がわざわざ儀礼的行為を行う動機」の説明がないからだ。結局のところ、これに対しては、「人間には他者と関わろうとする欲求がある」と認めれば話がすっきりすると思う。

 社会心理学では、人間には一般に「自己評価維持モデル」における行動や、「親和欲求」による仲間といたがる行動、他者を援助したいと思う「援助行動」などが存在すると認めている。自分を評価する適当な比較相手と競争したり、不安な時にそれを和らげる相手を見つけたり、時には他者に援助をしたりして、人々は安心感を得るというのである。

 この心理は、しっぺ返し戦略にも通じる部分があると思う。しっぺ返し戦略は、自分の利益を重視しつつも他者と関わろうとする心理から生まれる、と考えればよいのだ。他者と関わりたいという欲求によって、「相手は裏切るのでは」という疑問を超えて、他者との関係を持てるようになる。そしてそれは結果的に、互いに裏切りあうよりも大きな利益を得られる。繰り返し囚人のジレンマゲームにおいて、非協調戦略よりもしっぺ返し戦略が有利ということは、つまり他者と関わらない人々は自然淘汰されるのだ。

 基本的に人間は、他者と比べて平均以上でありたいと思っているだろう。特に自分が重要だと思っている能力については、自分の方が優れていると考えられれば、自尊心を保つことができる。自然選択されて生き残ったのは、他者に関心を持ち、儀礼的行為を行い、何らかの倫理観を共有し、しっぺ返し戦略をとる人達だったのではないか。人間以外の動物を考えても、自分が生存するための行動をとる他に、他の個体と何らかの意思疎通や協調行動、支配的行動などをとる動物は多い(儀礼論はあまり適用できないと思うが)。むしろ、「合理的な個人像」を想定することに無理があるかもしれない。「人間は合理的と言うよりも社会的動物である」みたいな言葉は心理学の本などでも見るが、ゲーム理論から考えると却って人間の合理性が否定されるというのは面白い。

 自分勝手に気ままに生きたい。でも他者との関わりも持ちたい。そんなジレンマを抱えながらしっぺ返し戦略をとることが、実は社会で最も有利なのかもしれない。だがもちろん、そう考える個人の行動は様々に変化し続けている訳で、心理的には不安定と言っていいと思う。しっぺ返し戦略的に生きるのであれば、直前にどのような対人関係を持ったかによって、態度を大きく変えることになる。これは少し、人間心理を単純化しすぎているかもしれないが、自分が描く小説の主人公も、他者との距離感に悩むことにはなるだろう。

 

 自己と他者、個人と社会といった話題は、自己実現やら倫理観などの話とも絡めることができ、問題はなかなか複雑だ。それらについては、また日を改めて考えたい。

 

 

<参考>
木田元, 『反哲学入門』, 新潮社 (2010)
木田元, 『対訳 技術の正体 The True Nature of Technology』, M. Emmerich訳, 新潮社 (2013)
L. Dartnell, 『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた』, 東郷えりか訳, 河出書房新社 (2015)
佐伯啓思, 『西欧近代を問い直す』, PHP研究所 (2014)
佐伯啓思, 『20世紀とは何だったのか』, PHP研究所 (2015)
岡本裕一朗, 『フランス現代思想史』, 中央公論新社 (2015)
A. Sokal, J. Bricmont, 『「知」の欺瞞』, 田崎晴明他訳, 岩波書店 (2012)
小林盾, 海野道郎, 『数理社会学の理論と方法』, 勁草書房 (2016)
R. Collins, 『脱常識の社会学 第二版』, 井上俊, 磯部卓三訳, 岩波書店 (2013)
友枝敏雄他編, 『社会学の力』, 有斐閣 (2017)
齊藤勇, 『イラストレート人間関係の心理学 第2版』, 誠信書房 (2015)

まず確認したい「不安定な個人」のこと

 何年か前から、ある小説を書こうとしてずっと書けずにいる。元々、高校くらいから小説をたまに書くことがあった。とりあえず反応が知りたくてネットに公開したこともあるが、基本的には友人などに見せて感想を貰ったりしていた。

 正直な所、文章を書くのはそこまで得意ではないと思う。単純に何かを表現するのは好きだが、作家になろうとは今でも思っていないし、小説に限らず、熱が冷めたら途中で止めたものも沢山ある。しかし、数年前から書こうとしているものは今までと違い、まずおよそ小説とは関係なさそうな専門書を読み漁り、そこから物語が浮かんで繋がりかけては失敗し、何度も設定を変えては考え直すということを繰り返している。

 こう言うと、大風呂敷を広げるだけ広げて、いつまでも書かないダメな作家志望の人間にしか見えない。いや実質的にそうなのかもしれないが、自分の中でその小説を書くこと、それが無理ならせめて背景にある思想を考えることが重要だと感じていて、なかなか諦めきれずにいる。

 

 

 つい最近まで、テーマ(あるいはコンセプト)を言うことにも苦労していたが、やっとそれなりに納得できる表現が見つかった。テーマを一言で言えば、「不安定な無意識や環境を前提にした上で、各個人はどう生きるべきか」になると思う。

 

 個人的な経験を元に、もう少し説明してみる。小学生くらいまでの自分は、とにかく我慢するということが苦手な子供だった。体がゴソゴソ動く程度ならまだいいが、気に入らないことがあればすぐに手を出したりして、親や先生や友達にも怒られることが日常茶飯事だった。しかし、姿勢が悪かったり暴力を振るうことが良くないことは自分でも分かっていたし、怒られる時には「なぜそんなことをするの?」などと言われたりするのだが、理由は自分でもよく分からないのだった。

 今にして思えば、これが「無意識」という概念との初めての出会いだった。最近では発達障害という言葉もよく聞くが、自分もそうした傾向のある人なのかもしれない。だが、実のところ全ての知覚・感情・思考の類をコントロールできるような人間は、まずいないと言っていいはずだ。たとえ大人でも、一時の感情に飲まれてしまうことは少なくないし、一挙手一投足に意識を向けて生活することなど不可能に近い。しかも人間である以上、病気や老化、事故なども避けることはできず、そうした節目に応じて性格や考え方が変化することも珍しくない。「意識」や「理性」といったものは、そうした「不安定な無意識」に依拠している。

 

 また、もう一つの象徴的な経験としては、2011年頃の記憶を強く思い出す。別に、自分は東日本大震災の被災者ではないし、身内で亡くなった人ですら一人もいない。ただ、自分が人並みに思い悩んだ思春期の後、高校を卒業して大学へ入学する間の3月11日に地震が起き、地震以外にも多様な事件があって不安になったのは確かだった。この頃は、大学受験、大学の講義の受講、サークル活動を含め、個人的にも色々なことがあった。しかしその他に、アラブの春東日本大震災原発事故、ユーロ危機といった、自分から離れた所でも社会問題が多発し、ビンラディンジョブズカダフィ大佐金正日が死んだりもした。

 元から新聞やニュースを見ることはあったのだが、自分とどこかで繋がっている「社会」というものを強く意識し始めたのは、恐らくこの前後からだと思う。自分とは関係ない所で世の中が動き、いつの間にか自分が影響を受けてしまうことの恐怖は、大学受験直後の東日本大震災やその後の混乱を見てピークに達したのだった。大学入学後には、たまたま現代思想に興味を持ち、その流れから自由意思などに否定的な構造主義などの話に興味を持ったりした。その一方で、理工系の講義も自分なりに真面目に受けていたのだが、それは安易に諦観せずに信頼できる概念を見出したいという気持ちもあった。しかし、それこそ物理などを学んでいれば、出来ることや出来ないことの知識が強化されるばかりで、一個人の力などほとんど皆無に等しく、逆に環境に影響されてしまうことが避けられないと分かってくる。影響を与える原因は災害に限らず、戦争や事件・事故のほか、物理法則などのもっと身近なことも挙げられるのだ。「個人」や「自己」といったものは、そうした「不安定な環境」の影響も受け続けている。

 

 

 ざっくりとではあるが、例えば「私はこういう人です」と言う時の「私」、理性のコントロール化にある「私」というのは、今述べたような内なる「無意識」とか外なる「環境」の影響を、かなり受けているはずだ。しかし注意を払えば、自分たちが普段は気付かないことでもある程度は目を向けられるし、そこから積み上げていけることもあると思っている。

 自分が今書こうとしている小説では、まず主人公が精神の拠り所にしているものが崩れるシーンが、どこかで必要だと思っている。そしてその前後を通じて、今まで意識していなかった重要な事柄に気付いていき、改めて自分らしさを獲得しようと懸命に生きる姿を描きたい。しかし、これをちゃんと書こうとすると途方もなく、まずは勉強とばかりに思い当たった専門書や評論やルポや小説を読んだりするという、訳の分からない状態になっている。とにかく大変なのは間違いないし、ほとんど無謀な試みなのだが、けれどもそれを考える意味は今でもあるような気がしている。

 どんな人でも、普段の生活を送る中では大なり小なり、何かしらの選択をし続けているはずだ。そこで自律的に行動するためには、何かしらの価値判断基準を持つ必要がある。その辺りの価値観について、「合理性」を重視する人もいるだろうが、本来これは何でもいいものだと思う。とにかく、何を優先するかという広い意味での倫理観、説得力のある根拠に裏打ちされた倫理というのを、少し考えてみたいと思っている。

 

 最後に付け足すと、この文章の内容はいかにも哲学や現代思想の影響を受けているようだが、改めて考えるとむしろ生物学に影響されている気がする。ある人間の形質の由来を考える上で「遺伝子か環境か」、俗っぽく言えば「生まれか育ちか」を問うことは、生物学の世界ではナンセンスだとされる。要するに、遺伝子か環境の片方だけである形質が発現するとは限らず、両方が揃って初めて特定の形質が外に現れてくるのである。

 ここで、遺伝子レベルの話を少し発展させて、人間の性格の由来を考えてみる。もし人間の性格が遺伝子だけで決まるなら、一卵性双生児の2人はほぼ同じ性格になるはずだ。しかし、実際にはどういう環境で育ったかで、2人の性格は大きく変わりうる。一卵性双生児の2人が異なる仕事に就いたら、能力も含めてかなり違いが出るはずだ。逆に、似た環境で育った人たちがみんな似た性格になるかというと、これも違うだろう。似た環境で生活していても、そこでどう振舞うかはそれぞれ異なるだろう。

 ある人間の性格は、生まれつきの特性と過去の経験に影響されて決まっていくと考えられる。自分が書く主人公の性格も、その辺りに注意して物語を考え、心の動きを表現していければと思っている。延々と外堀を埋め続ける作業のようだが、独りよがりなことは書きたくないので、大事にしたい。その上で、意思決定をどう考えるかは、心理学などの知識が役立ちそうだが、まだ勉強不足の部分が多い。

 物語の軸も多少決めてはいるのだが、その前にお膳立てしたいことが多すぎる。今日はひとまずここまで。あと、引用したからと言って考察が正しいとは限らないとは思うのだが、後で記録として参照できるように、参考にしたものも書いておくことにする。

 

 

<参考>
和田純夫, 『一般教養としての物理学入門』, 岩波書店 (2001)
J. de Paula, P. W. Atkins, 『アトキンス 物理化学(上) 第8版』千原秀昭・中村亘男訳, 東京化学同人 (2009)
E. J. Simon他, 『エッセンシャル キャンベル生物学 原書6版』, 池内昌彦他監訳, 丸善出版 (2016)
G. Marcus, 『心を生みだす遺伝子』, 大隅典子訳, 岩波書店 (2010)
R. Collins, 『脱常識の社会学 第二版』, 井上俊・磯部卓三訳, 岩波書店 (2013)
木田元, 『反哲学入門』, 新潮社 (2015)
佐伯啓思, 『西欧近代を問い直す』, PHP研究所 (2014)
自由国民社編, 『現代用語の基礎知識 2012年版』, 自由国民社 (2011)
重松清, 『世紀末の隣人』, 講談社 (2003)
是枝裕和監督, 『誰も知らない』, テレビマンユニオン (2004)
小松左京, 『日本沈没』, 小学館 (2005)
片渕須直監督, こうの史代原作, 『この世界の片隅に』, MAPPA (2016)