経験的事実と論理的推論から何かをやりたい人。

私は如何にして心配するのを止めて科学を愛するようになったか

 今まで書いたブログの文章について、いまいち内容に納得できずに修正したりもするのだが、経験上こういうのは何年か経ってから書き直すのが一番いいと思っているので、適当なところで放置することにした。今回はまた身の上話になるのだが、最終的に書きたいのは小説ということで、一般論よりも動機の方が書きやすいし、考えがまとまる気がしていい。

 

 

 科学とは何なのかという定義の話は置いといて、何かを見たり触ったりするのは小さい頃から好きだったなと思う。物作りが好きだと言えば聞こえはいいのだが、実際の所はむしろ逆で、小さい頃は物を壊す方が好きだった気がする。何かを投げたり、高い所から落としたり、引きずったりなんかして、乱暴な遊びをよく友達としていた記憶がある。もちろん人から怒られるので、次は何かを壊さないように、慎重に遊ぶようになる。

 自分の場合はそうやって、ああするとこういうことができる、あれはあそこまでなら耐えられるとか、身の回りの物についての知識を増やしていったのが、科学に興味をもつきっかけだった気がする。ピタゴラスイッチを眺めるように、色々な物を観察するのが好きだった。これを誇っていいのか分からないが、でもそうして物の能力や限界について身をもって知るのも、やっぱ大事だよなあと思う。そうは言っても、複数人で人の家にある木の実をちぎって投げたり、マンションポストのダイヤル錠を意味もなく開けたりして、図らずしてたちが悪かったのは認めるしかないが(しかも悪ガキという自覚はなかった)。

 

 小学1年の冬頃から、俗に「科学と学習」と言われる学研の雑誌群のうち、科学の方を購読した。実際の誌名は「1年の科学」や「1年の学習」という名前で売られていた。もっと遡れば「こどもちゃれんじ」のしまじろうの記憶もあるのだが、よく覚えていない。とにかく、よく覚えているのは「○年の科学」だ。

 これが学習向けの雑誌といいながら、コロコロコミックのような読者投稿付きのギャグ漫画とかもあって、それと別にあさりよしとおの連載漫画が載っていたりした。なので読み方としては、まず雑誌の科学特集をざっと読んだ後に、漫画を繰り返し読み、気が向いた時にふろくで遊ぶという感じだった。そんなので勉強になるのかと思われそうだが、動植物を育てたりスライムを作ったり、小さなミニ望遠鏡がふろくでついた時もあって、興味を持たせるのには良かったと思う。

 しかし、科学と学習は売り上げが伸び悩んでいたようで、最近は休刊までしてしまった。正直、あれですぐに学校の成績が上がるようなことはないけれど、実際に体験できる点ではいいものだったと思う。ただ、予算の問題なのか、内容が年々薄くなった感も否めなかったので、ちゃんと「面白い」雑誌を読めたのは、自分が最後の世代だったのかもしれない。

 

 気付けば何となく「技術者になろう」という気持ちになっており、数学や理科の勉強も「やらないといけないものだ」と考えて、なんとか勉強できた。数学ははっきり苦手だと思っているのだが、それでも高校の文理選択では、迷わず理系を選ぶことができた。そちらの方が楽しそうと思えたのは、科学雑誌のおかげだったと思う。今はNewtonも民事再生手続き状態にあるし、「科学と学習」とは別誌の「子供の科学」もどうなっているのか分からないが、ふろく付きのゆるい科学雑誌がないのは残念だと感じる。

 それと同時に、物語のある漫画はつくづく偉大だったと思う。小学校の図書室には「日本の歴史」や「世界の歴史」といった学習漫画が置かれていたが、学校で漫画が読めるのが楽しくて、それぞれ2周以上は読んだのを覚えている。自宅でも学習漫画なら割と簡単に買ってもらえたのだが、特にドラえもんの出てくる本をよく買った。

 

 

 時は経って大学受験の時期になり、どこに行くか考えなければいけなくなった。自分は物理も化学も好きだったのだが、大抵の学科はどちらかの分野に偏っているので、成績の良かった化学系の学科へ行こうとしていた。しかしセンター試験で失敗してしまい、浪人する気がなかった自分は、レベル的には1ランク下の環境工学系の学科に目を付けた。環境工学系であれば物理も化学も万遍なく勉強するので、片方を捨てる心配は無くなった。

 志望校のレベルを下げたので、大学受験はそこまで難しいことはなく、卒なく受かることができた。実家を離れて一人暮らしをする必要があったが、むしろ自由を謳歌できそうで楽しみだった。これからの時代はやはり環境だよな、と取り組むべきことも考えながら、大学生活のことを空想していた。

 そんな折の3月11日に起きたのが、東日本大震災だった。実家も大学も被災地からは離れていたが、日本全体がどうなるのかという危機的状況になった。けれども、大学生活の準備をしていた自分は、むしろあの状況にあって、これから日本は大きく変わるのではないかという期待を抱いたりしていた。原発についても、あんな事故を起こすようなことがあるとは思ってもいなかったので、これから確実に無くなる方向に行くだろうと思った。タイミングよく環境工学系の学科に受かったので、入学後に燃料電池や有機触媒の研究、水力・風力発電や数理最適化の研究などを見て、エネルギーや材料などの様々な話題に将来性を感じていた。しかし、こうした期待がいかに甘かったか、後で嫌というほど思い知らされることになる。

 

 環境問題と言えば、代表格は地球温暖化だろう。一昔前は飽きるくらいに聞かれたが、最近はそうでもないように思う。大学入学直前までは、当然地球は温暖化していて、その原因は確実に人間にあると信じていた。けれども、地球温暖化には懐疑論というものもあり、それらの根拠にそれなりの説得力を感じたこともあった。

 懐疑論のうち有力だと思ったのは、大気中にある物質の吸収スペクトルに関するもので、まず大気中に多く存在するのはCO2よりもむしろH2Oであり、こちらの方が温暖化の寄与が大きいとされている。具体的には「地球温暖化係数」というのがあり、一覧表を見るとCO2よりも大きな係数を持つ物質がずらりと並んでいる。そして、CO2といえど吸収できる光の波長は限られており、H2OとCO2の吸収スペクトルを足し合わせても、吸収されない光の波長帯が一部残ることになる。この波長帯は「大気の窓」と言われていて、この領域の光はあまり大気に吸収されないと考えることができる。そして、CO2で吸収できる光の波長域は限られているのだから、CO2だけが増加しても熱の吸収量はいずれ飽和してしまうと考えられ、つまりCO2の増加にはそこまで気を配る必要はないという理論である。

 懐疑説にも色々あり、ミランコビッチサイクルなどの長期変動を理由にむしろ地球は寒冷化するという話もあれば、何らかの利益団体によってデータが改ざんされているという陰謀論もあったりする。しかし、少なくとも短期的には地球が温暖化傾向にあるのは間違いないと思っている。問題は人間が排出したCO2が温暖化にどこまで寄与しているかだが、先に挙げたような懐疑論についても、IPCCの調査では当然織り込み済みだという反論があり、「定量的」に考えればCO2が温暖化の主要因と考えるのが一番合理的なようである。

  しかし、当時の自分がそこまで問題を理解できるはずもなく、大学入学からしばらく立つと、むしろ「エコ」や「環境」という言葉が一人歩きしているように感じられた。自分はちょっとした環境団体に所属したこともあったのだが、環境問題を正確に理解しようとする前に、正義感かなにかで先に活動することを重視する風潮があった。所属している人たちは、正直そこまで環境問題自体に興味がある訳ではなさそうで、引継ぎなどもいい加減なサークル活動という感じだった。そして、これがまたリアルだと思う所なのだが、他の人に「環境団体に所属しています」というと高確率で気味悪がられた。なんでわざわざ、そんな慈善活動なんかやってるの、という訳だ。

 原発事故から数年経った今では特に、原発化石燃料の依存度を下げようという話ならまだしも、原発化石燃料への反対なんかを叫んだ日には、現実を見ていない理想主義者か、ひどい時には反日的な政治的主張をしているとまで思われかねない。実際のところ、今や勉強道具や医療器具を作るのにも電気が必須になっており、電気の使用量を下げる訳にもいかない。けれども、有限な上に輸入に頼っているエネルギー源を問題にする機会すら失われているようで、今もどこか釈然としない部分は残っている。

 

 

 そんな訳で入学早々、環境問題の複雑さを目の当たりにし、距離の取り方に困っていたのだが、大学1年の時点で他に記憶にあるのは、原発事故とインターネットの話題だ。大学は理工系だけの単科大学でなく、いくつかの学部が合わさった総合大学だったのだが、他の学部の人と話していてたまに聞いたのは、科学そのものに対する反感だった。2011年当時、原発は技術的にも問題があるので廃炉にするしかない、といった話はよく聞いたのだが、それでも原発は無くせないという主張も徐々に出始めて、現在にも続く原発の存続問題が起きた。

 実の所、自分は原発問題に対しては、未だに主張がぶれている。技術的には一応原発は使える技術だと思うのだが、過去に起きた事故には例外なく人的要因が含まれていて、制御できるかどうかはかなり疑問を感じている。しかし、長い目で見た時にはきちんと制御できるようになった方がいいという気持ちもあり、政治・経済・外交面を脇に置いても、原発の研究は継続してほしいと思っている。もちろん、ベース電源としての原発はエネルギー源として貴重なので、そう簡単になくす訳にもいかないのだが、「安全」と謳われる原発は明らかに大都市から離れた所に作られており、受益圏と受苦圏にずれがあることも無視はできない。それがいつの間にか、原発賛成は右派、反対は左派という訳の分からないレッテルを貼られ、ただの政治問題としてしばしば語られてしまっている。

 原発問題とは単なる自然科学の枠を超えた問題であり、それは環境問題全般に言えるのだが、専門家集団全体も含めた「科学の枠組み」自体への不満をぶつけられることがあり、自分なりにどう考えるべきかはかなり困った。実際、科学の営みがそこまで抜け目ないかと言えば、分からないことの方がずっと多い訳で、だから原発など無理なのだと言われたら、少し納得してしまう所があった。しかし、科学そのものを言わば一種の文化のようなものとして否定されるのは納得できず、何かうまい反論を考えなければとずっと思っていた。

 

 一方で2011年と言えば、インターネットが世界を動かした時代でもあった。アラブの春ではFacebookで人々が情報交換していたし、震災の時には救助要請やデマがTwitterを飛び交い、カダフィ大佐が死んだ時には動画がYoutubeに上げられたりした。その1年前にも尖閣諸島の漁船衝突映像がYoutubeに上がったりしていたが、とにかくインターネットの影響力の変化をリアルタイムに感じられた時期で、学生の間でもカダフィの映像が話題になったりしていた。

 自分も大学に入学してすぐ、TwitterFacebookmixiなどを始めてみて、目新しくてつい遊んでしまっていた。ただし、Lineは当時まだ無かったので、サークルの連絡などはメーリングリストというサービスを使っていた。スマホも丁度広まり始めた頃で、当時スマホを持っていた学生は半々くらいだったと思う。自分が携帯をスマホに変えたのも、2013年頃になってからだった。Twitterをやるのも大学生が中心で、今みたいに中高生のTwitterが目立つようなことはほぼなかったと思う。ハッシュタグは英語しか指定できず、文中で改行もできないし、動画も投稿できなかったが、新たな情報発信のツールとしてSNSが注目されはじめた時期だった。

 しかし当然、うまく利用して便利なこともあれば、今でいう「炎上」が起きたり、「フェイクニュース」などのデマが飛び交うことにもなり、情報リテラシーの重要性が叫ばれ始めた。結局のところ、これも技術の問題というよりは、使う側の人間の問題なのだが、またしても「人間は科学技術をきちんと制御できるのか」と考えさせられたし、そして「不完全な人間が組み立てた科学はどこまで信用できるのか」という問題に繋がる部分があるようにも感じた。

 

 

 「科学の信憑性」を問題にした時に、どのレベルから取り組むべきかというのは悩ましい問題だが、科学者側の反論としてよく聞くのは、まず「日常的な経験に即しているか」と「論理的に筋が通っているか」ではないかと思う。いくら科学が疑わしいと言われても、物体を落とせば加速して落下するとか、コイルに電気を流すと磁石になるといった、経験的事実を疑うことは難しいはずだ。懐疑論を突き詰めれば、物体の加速度的落下という現象も言わば幻覚のようなもので、実は映画「マトリックス」のような世界が本当なのだ、という主張もできない訳ではない。しかし、たとえ幻覚としても物体の加速度的落下などの「経験自体」は疑いようがない訳で、なぜそれがいつも同じように見えるのかを考えなければならない。

 そして、そうした経験的事実をある程度正しいと認めたなら、そこから論理的に仮説を導いて、検証することができる。コイルに電気を流すと磁石になるという現象からは、電気力と磁気力には何か関連があるのではという推測を立てられる。マクスウェルは、自らがまとめた電磁気学の方程式から、電磁波の存在を予言し、しかもその伝達速度から、電磁波とは光のことであると考えた。そして現在では、数々の自然現象との整合性の観点から、マクスウェル方程式として記述された電気と磁気の相補的関係を認めたり、光を電磁波とみなして波の性質を見出すことは、合理的だと考えられている。科学的な知見は、そうやって経験的事実と論理的推論が組み合わさることで、確からしさを担保しているのである。

 

 他者とコミュニケーションをする上で、相手とどこまで合意に至れるかというのは、とても重要な事項だと思う。確かに今、科学への無理解やフェイクニュースといった問題が存在しており、価値観の多様化も相まって、何らかの問題に対して合意を得ることは難しい。その中で自分が科学という営みを信頼するのは、そうした問題を解決したいとかいう大それた話ではなく、自分で納得できる意見を持ちたいという気持ちが大きいのだと思う。小さい頃の素朴に工作を楽しんでいた頃とは異なり、時として科学技術が不幸をもたらすとしても、経験と論理に基づいた知見は自分の思考を助けてくれるし、それはよりよいコミュニケーションにも繋がるはずだと思っているのである。

 今回は大学入学直後くらいまでしか書けなかったが、学部2・3年生から研究室時代にかけても、色々考えたことがあった。背景にはまず、環境工学という分野がどこまで他分野と差別化できるかという問題があり、加えて研究としてどれだけの結果が出せるのかという問題もあり、そして大学でやったことがどこまで日常生活に活きてくるかという問題もあったのだが、それはそれでまた一本の記事が書けそうなので止めておく。哲学的な部分で言うと、現象学の切り口から倫理的な話題についてもいずれ書きたいし、その際には仏教の諸法無我とかも絡めて書くと面白そうだが、ひとまず今日はここまで。